古くから小麦は米のように「粒食」することはなく,粒を砕いて粉にした上で種々の食品に加工できる「粉食」形式をとってきた.現在の小麦の製粉システムは,小麦の外皮と胚芽の除去により,美味しさと食べやすさを高めることを目的として開発・発展してきたものである.しかしながら,その一方で,これらの画分に存在する豊富な栄養成分の損失をもたらすに至ったともいえる.本研究での改良型酒米用搗精機の使用により調製される「分級小麦粉」は上述の欠点を補うために著者らにより開発されたものである.すなわち,小麦の外皮と胚芽を除去せず,小麦穀粒の外層部から中心部まで段階的に削り取るという従来とは異なる製粉方法で得られたものである.従って,従来法での製粉歩留まりを改善するのみならず,栄養性と機能性を保持した新奇な小麦粉である. 分級粉は,ビタミン,ミネラル等を多量に含み,いずれの分級層でも優れた抗酸化能を示すのみならず,大腸癌の予防にもつながる食物繊維を通常粉の2倍以上含有していた.また機能性物質であるフィチン酸,フェルラ酸,ぺントサン等は各々3,10,2倍以上,さらに製パン性に影響を及ぼす損傷澱粉やマルトース価も通常粉よりも2倍以上の値を示した.分級粉単独によるドウ中には,多くの外皮成分がグルテンを切断している形態が顕微鏡で観察され,製パンにおける良好なドウの物性や優れた最終品質を示すことは不可能であった.しかし分級粉ドウは独特の熟成・発酵特性を示し,長時間発酵を伴う製パン方法を用いると製パン性の顕著な改善が認められた.また,乳酸菌を使用したサワードウ法では,分級粉ドウは通常粉よりも多量の遊離アミノ酸,還元糖および有機酸を含み,発酵中の酵母の生育状態に最適なpH下で良好な生地形成を可能とした.その結果,発酵中に多量のガス発生を促進し,焼成後のパンの膨らみとやわらかさの増加,香気特性の改善により,サワーブレッドのような特殊な製パンへの利用が最適であることも明らかとなった.更に,分級法では全粒穀粒から部位別に粉の調製が可能であり,各部位(分級層)で水溶性・不溶性蛋白質の分布に差がみられた.そこで,各分級層由来の蛋白質を用いて小麦アレルギー患者血清中の特異的IgEをイムノブロッティングで検出した.その結果,内層部ではその反応性が低く,分級法によりアレルゲン性の異なる小麦粉の調製が可能となり,特に内層部の分級粉を用いての低アレルゲン性加工食品の開発が期待された. 一方,ワキシー・ハイアミロース小麦粉は,従来の小麦粉のアミロース/アミロペクチンの比率とは異なり近年新たに開発された穀物である.ワキシー小麦粉は製麺性においてやわらかく,かつ切れにくいモチモチ感を,製パン性では保存性の改善をもたらすことが明らかとなった.特に,製パン性では保存中に硬化したパンを再加熱した場合に,クラムのソフト感回復力を強化した.一方,ハイアミロース小麦粉による茹麺はデュラム様の物性を示し,茹で汁の吸光度による濁度やcooking lossの値は通常粉より約20%低く,麺表面の肌荒れ抑制効果を示した.従って,ハイアミロース小麦粉添加により加熱中の麺の保形性改善効果がみられ,パスタを含む各種麺への利用が期待された. 以上の結果より,これらの新奇小麦粉の優れた栄養性,機能性と加工特性を生かし,最終製品に独特の食感とテクスチャーを付与することで,新たな美味しさと付加価値のある各種加工食品への展開と応用の可能性を明らかとした.