α-アミラーゼおよびβ-アミラーゼの両方において,水分子(OH-)の攻撃は,活性クレフトの上側からのみ起こる.そのため,立体選択性は加水分解を受けるグルコシド結合(または,OH-)によって攻撃を受けるグルコースの面)が攻撃してくる水分子に対してどちらを向いているかによって決まる.水分子の攻撃方向が制御されるのは,クレフトという特殊な形態が,底に近い方のグルコース面側からは水が近づけないように進入を阻止するためである.事実,構造解析されたβ-アミラーゼのクレフトの観察においても,底に近い方のグルコース面とクレフト最深部との間には水分子は一つも存在していなかった. さらに,切られるグルコシド結合に対して,上に位置している触媒基と下に位置している触媒基とではその役割が異なっている.タカアミラーゼ(α-アミラーゼ)におけるAsp206とβ-アミラーゼにおけるGlu186はクレフト底部に位置し,反応中間体の安定化をしているものと考えられる.一方,タカアミラーゼ(α-アミラーゼ)におけるGlu230とAsp297とβ-アミラーゼにおけるGlu380は,水分子をクレフト上部で捕らえ,さらにプロトンを引き抜いて活性化させる役割をもつと考えられる. 今回の研究からわかるように,これらすべての立体因子がα-アミラーゼとβ-アミラーゼの立体選択性の,統一的解釈に不可欠である.もう一度その立体因子について整理すると,1)活生クレフトの構造,2)触媒基の位置,3)水分子の攻撃方向,4)グルコシド結合の向きを制御するように基質を巧みに結合させる結合部位となる.実際Rebekは,不斉合成のための分子認識場として,クレフト構造をもついくつかの分子が重要であることを指摘している. α-アミラーゼとβ-アミラーゼは,ジアステレオマー択性を発揮する不斉合成の最も良い例の一つである.今回の立体選択性を発現するための立体因子に関する発見は,不斉反応を触媒するテーラーメイドな人工酵素をデザインするための情報の一助となるであろう.