氷結晶の形状, 大きさ, その分布は, 凍結食品の性状や物性に影響を及ぼすのみならず凍結操作を利用した製造・貯蔵工程の設計および制御とも深い関係がある.これまで, 凍結速度と生成する氷結晶の大きさの関係, 貯蔵中の再結晶化に伴う氷結晶の成長挙動など, 食品中の氷結晶に関する様々な事柄が多数の研究者によって調べられてきた.しかしながら, その多くは氷結晶の大きさ, 数についてのみ言及しており, 氷結晶の形状について詳細に調べた研究例は, あまり見当たらない.その理由としては食品中に生成した氷結晶は一見すると複雑かつ不規則であり, こうした構造を科学的に把握することが困難であったためと思われる.我々は, 先の研究で, 近年発達したフラクタル解析の手法を用いることにより, モデル食品系 (大豆カード) に生成した氷結晶の形状を定量的に把握することが可能であることを示した.本研究では, 実際の凍結食品に対しても, フラクタル解析が適用可能であるか検証するため, キハダマグロの凍結魚肉を用いて, 同様の検討を行なった. 実験試料は-50℃でブライン凍結させ, 凍結置換法により観察用のプレパラートを作製し, 氷結晶形状の顕微鏡観察を行なった.観察画像の撮影プリントをスキャナーでビットマップ形式のデジタル画像として読み込み, 市販の画像処理ソフトウェアを用いて画像処理を行い, area-perimeter法により, 氷結晶の輪郭のフラクタル次元 d pの算出を試みた.貯蔵温度, 貯蔵時間がフラクタル次元に及ぼす影響についても検討するため, -5℃, -20℃, -40℃, -50℃でそれぞれ30日, 60日, 80日貯蔵した試料中の氷結晶に関してもフラクタル次元の算出を行なった. その結果, キハダマグロの凍結魚肉氷結晶の輪郭はフラクタルとして認識でき, 輪郭のフラクタル次元dpを求めることが可能であった.また, 貯蔵時間が増すほど, フラクタル次元の値は減少する傾向にあり, 貯蔵温度が高いほど, 減少の速度は大きかった.これは貯蔵時間が長くなるにつれ, 氷結晶の表面構造が平滑化していくこと, そしてその進行は貯蔵温度が高いほど速いことを意味している.これらの結果は貯蔵中の氷結晶構造変化を視覚的に観察した既往の研究結果と一致した.以上の結果から, フラクタル次元 d pは凍結魚肉中の氷結晶の表面構造の粗さを反映する定量的な指標として用いることが可能であることが判った.前述したように, 我々は既に大豆カードを試料に用いた場合でも, フラクタル次元は, 氷結晶形状を反映した指標として有用であることを示している.複数の食品素材で, 同様な結果が得られたことは, 多くの凍結食品において, 氷結晶のフラクタル性は共通に見られる性質であり, 氷結晶の形状把握のための手法として, フラクタル解析は有用であることを示唆している.また, 既往の研究により, 凍結条件に応じて, 氷結晶は様々な形状を取りうることが観察されており, 本研究と別の条件では, dp は異なる値をとることが十分考えられ, この点については今後検討すべき課題であると考えられた.