揚げ物は家庭だけではなく食品産業や外食産業で広く行われている操作である.揚げ物を繰り返すと油が劣化し, 使用に耐えなくなる.揚げ操作では, 材料から持ち込まれる水が揚げ油の劣化に関与していると考えられる.また, 揚げ物が吸油して系外に持ち出されて油量が減るため, 新たな油を追加されることもある.このように複雑な揚げ操作を合理的に実施, 制御するには, 揚げ油の品質の変化に関する速度論的な知見が必要である. 油の劣化の程度を評価するには, 過酸化物価, カルボニル価, 色調, 粘度などの多くの指標がある.ここでは, アシルグリセロールの加水分解の程度を反映する酸価 (acid value; AV) を指標とした.この値は, 食品工業において油の劣化の程度を評価する指標として広く用いられている.また同様に, 食品工業での利用が多いことから, 揚げ油にはパーム油を使用した. 材料から持ち込まれる水の量の影響を定量的に評価するため, 所定温度 (通常は180℃) に保ったパーム油にポンプを用いて一定流量で水を供給した.適当な間隔で揚げ油の一部を採取し, 電位差滴定法により酸価を測定した. Fig.1に示すように, 水を供給しない場合には, 長時間の加熱においても酸価はあまり上昇しなかった.しかし, 少しでも水が供給されると酸価は顕著に増加した.水の供給速度が0.003kg-水/kg-油/h以上では, とくに酸価の上昇が著しかった.酸価は誘導期を経たのち急激に上昇して最大値に達し, その後徐々に低下する傾向がみられた.酸価の最大値は約20mg-KOH/g-油であった.この値は, パーム油が完全に加水分解されたときに示す酸価 (計算値) の約1/10であった.このことは, 揚げ操作中のパーム油 (アシルグリセロール) の加水分解が可逆であり, 平衡が縮合側に偏倚していることを示唆する. そこで, パーム油と同様の脂肪酸組成の混合物にグリセロールを加えた場合と加えない場合 (Table1) について酸価の変化を測定した (Fig.2) .グリセロールを添加しなかった場合には, 酸価が徐々に減少し, 酸価と時間の関係は片対数方眼紙上で直線となった (Fig.2の内図) .このことより, 脂肪酸 (酸価を示す物質) の熱分解は1次反応速度式で表現できることが示された.一方, グリセロールが存在する場合には, 酸価は急激に減少し初期値の1/10程度の値に漸近した.また, このときの混合物をTLC-FIDで分析すると (Fig.3) , トリ, ジおよびモノアシルグリセロールが生成していることが示された. これらの結果に基づいて, 揚げ操作中の酸価の変化を記述する速度式を提出した.パーム油 (アシルグリセロール) 中のエステル結合をE, それが加水分解して生成する酸価を示す物質 (主として, カルボキシル基) と水酸基をそれぞれAとHと表す.酸価の上昇で誘導期が認められたことより, EがAとHに加水分解する過程 (式 (2) ) は可逆であり, 分解過程に対してAは自触媒的に作用すると考えた.さらに, Aは1次反応速度式に従って分解して, 酸価を示さなくなると考えた.これらの仮定に基づいて, E, AおよびHの変化はそれぞれ式 (4) , (6) および (7) で与えられる.これらの式は, 本来は容量モル濃度に基づいて表記されるべきであるが, 酸価が単位重量あたりの油を中和するのに必要なKOH量と定義されること, および揚げ操作中の油の密度の変化は大きくないことより, 重量モル濃度で表記した.また, 水の濃度 m Wを正確に求めることは容易ではないので, 式 (4) の右辺第1項の速度定数klと m Wの積を1つのパラメータ k 1'として扱い, 式 (4) を式 (5) で表記した.酸価を示す物質Aの分解過程に対する速度定数 k 3は, グリセロールを添加しない脂肪酸混合物の酸価の変化 (Fig.2) より決定した.パラメータk1'とk2はFig.1に示した酸価の経時変化に適合するように決定した. 上記で得られた速度定数 k 1', k 2および k 3と水供給速度νWの関係をFig.4に示す. k 3はνWにあまり依存しなかった.一方, k 1'と k 2はνWによって大きく影響され, とくにνWが小さい領域でその影響は顕著であった. また, 水の供給速度が一定の条件で, 酸価の変化に対する温度の影響を検討した (Fig.5) .160, 180および200℃のいずれの温度においても, 誘導期を経たのち急激に酸価が上昇し最大値に達する現象が認められた.酸価の最大値は低温ほど高い値を示し, 160℃では酸価がさらに漸増する傾向が認められた.