米粒や麺線のようなデンプン食品を短時間ボイルすると食品の表面部分と中心部分は糊化の進行が異なるため水分保持能力が異なる状態となる.ここで加熱を中止し乾燥を防ぎながら室温で長時間放置すると, 中心部は低含水率, 周辺部は高含水率のまま平衡になり, 均一な含水率分布は得られない.これは当初均相系 (均一系) だった食品物体が平衡含水率の異なる各相からなる多相系に変化したと考えることができる.このように調理過程で多相系に転じるような食品中ではFickの拡散法則はそのままでは適用できない.このような系に適用できる拡散モデルとして著者らは相対含水率モデル (Relative Water Content model) を提案している.相対含水率モデルでは食品の吸水能力の指標となる標準含水率を適宜定義して用いる.実用的な標準含水率 (standard water content) として, 食品を純水に浸漬させたときに得られる平衡含水率を食品の吸水容量 (WHC=Water Holding Capacity) と名付けて採用することができる. 本研究では小麦粉ドウのWHCの測定を試みた.小麦粉ドウは加熱処理時の温度や含水率によってWHCが変化すると考えられるので, 加熱処理条件の異なるドウを調整した後, 円筒状のガラス枠に詰め水 (25℃) に浸漬してドウ円筒中心部の含水率の時間変化を重量法で測定した.同時にドウの円筒軸方向の含水率分布を磁気共鳴画像法でモニタした.ドウ円筒中心部の含水率は, 一部で平衡に近づくものもあったが, 予想に反して平衡値に達することなく, 浸漬した7日間にわたって上昇を続けるものが多かった. 一般に小麦粉ドウはグルテンの作る網目の中にデンプン顆粒が埋め込まれた構造をしており, 糊化したデンプン顆粒が吸水して膨張しようとする力と, 伸びたグルテンの網目によって発生する抵抗力とがバランスして平衡が保たれると考えられる.ところが本研究で用いた小麦粉はうどんの製造に使われる中力粉であってタンパク含量が少ないためグルテンの網目が吸水したデンプンの膨張力によって少しつつ破壊されて平衡値が変化した可能性がある. 一方, 磁気共鳴画像法によりモニタした含水率分布は浸漬後, 2日ないし3日たつとフラットな含水率分布を示した.この含水率分布がフラットになるのと同じ時期にドウ中心部の含水率上昇の速さが変化することがわかった.そこでこの時期の含水率上昇を2本の直線で近似し, 直線が交差する点での含水率をfirst stage water-holding capacityと名付け, 実用的な標準含水率の候補とした.種々の加熱処理条件により作成した小麦粉ドウ試料を水へ浸漬させた実験によりfirst stage water-holding capacityを測定し, first stage water-holding capacityに対する加熱処理時の含水率, 加熱温度の影響をグラフにまとめた.さらにその値を用いて, 温度勾配熱処理を施した小麦粉ドウ中の水分移動のシミュレーションを, 多相多層モデルを用いて行なった.