記銘力検査の成績が良好であるにもかかわらず多様な健忘症状を呈した側頭葉てんかん症例を検討した。てんかん発作の特徴は,複雑部分発作と数時間の逆向性健忘を伴った健忘発作であった。前向性健忘は,数日単位では明らかではなく,およそ4週間の間隔をあけることによって初めて顕在化するものであった。逆向性健忘は自伝的記憶を中心とする20年以上にわたる障害であった。これらはそれぞれてんかん発作によって生じた長期記憶の固定化の障害と,皮質にある記憶痕跡の消失と考えられた。抗てんかん薬の服用により,前向性健忘は著しい改善を認めたが,逆向性健忘は明らかな改善が認められなかった。このことから,逆向性健忘が非可逆的な過程で生じていると考えられた。てんかん発作に起因する臨床病態の検討が,人間が持つ記憶の一側面を明らかにすると思われる。