建物や場所の再認障害を基盤として生じる地誌的失見当の下位タイプは,街並失認と呼ばれる。本研究は街並失認と視知覚障害との関連性に着目することにより,街並失認を引き起こす病態機序について検討することを目的とした。本研究が対象とした症例 FS (78歳,女性)は,発症後に新しく経験した場所に限定して生じる街並失認を示した。また,一連の視知覚検査の結果, FS は基本的視知覚機能は保たれる一方で,刺激事態が複雑になると,部分優位な知覚傾向を示すことが明らかになった。ひと目で全体を見渡すことのできない建物や場所を表象する際には,逐次的に入力される部分情報を全体に束ねることが重要である。本症例は,視知覚検査で用いられるようなひと目で刺激全体を知覚できる事態であっても全体的知覚が難しく,この問題がさらに統合の重要度が増す地誌的表象の構築に阻害的に影響していると考えられる。