音韻処理を介さない仮名書字とワープロ·ローマ字入力が行われていると推測される失語症の一例を報告した。症例は 57 歳,右利き男性,脳梗塞によって発症した。漢字書字は比較的保たれていた。仮名においては 1拍の書き取りや 2拍非実在語の書き取りにかなりの低下が見られた。しかし単語の自発書字や書き取りで多くの仮名単語が表出され,漢字の仮名振りで多くの漢字音価が仮名で表出された。誤答として,漢字単語,仮名単語の書き取りで意味性錯書が観察され,また漢字の仮名振りで,その漢字の持つ音価のうちの 1つが,選択は不適切であるが仮名には誤りなく表出されるのが観察された。こうした有意味仮名連鎖の表出について,意味が,文字の視覚心像を介して,あるいは介さずに直接,書字運動覚心像に連合する経路が関与したものと推測した。また,平仮名とローマ字間の書字による変換が容易であった。この変換は文字の視覚形態どうしの対応によるものと推測した。いずれも意味,視覚形態および運筆の各処理過程が音韻処理過程に比して優勢であったことを背景に,音韻処理によらない仮名書字が出現したものと考えた。ワープロ·ローマ字入力にもこの音韻処理によらない機能が用いられていると推測した。