前頭葉損傷に伴うさまざまな精神症状のなかで,もっとも対応困難な問題のひとつは,社会的認知の障害である。前頭葉損傷により,自己と他者の関係が歪み,集団のなかで適応的な生活を送れなくなる。このような社会性の障害が生じる背景には,相互に関連したいくつかの要因があると考えられる。ひとつは衝動コントロールの不良であり,また,これと関連して,自己の行動を意識的,無意識的に規定する報酬—罰の問題がある。前頭葉損傷患者では一般に,目先の報酬に引きずられ,将来的な罰に無関心になる。ギャンブリング課題施行中の反応パターンや皮膚電位反応から,前頭葉損傷患者の情動反応をある程度読み取ることができ,ときに症例の逸脱行動への対応を考える際にヒントになる。さらに,自己の言動を相手がどう思うかが理解できないこと(心的推測の問題)が対人関係障害・不適応を生んでいる場合もある。我々は対人関係トラブルを繰り返す前頭葉損傷患者を対象に,広汎性発達障害者に対する「心の理論」のワークを援用して,小グループによる訓練を試みた。前頭葉損傷患者はある程度「心の理論」を知識的に再獲得することは可能であったが,獲得した「心の理論」をみずからの日常生活に応用することは困難であった。前頭葉損傷患者の社会的認知の改善をめざす訓練はまだ予備的な検討にとどまっているが,今後さらに重要性を増していくものと思われる。