個人の認識論を説明するモデルの理論的な問題点を指摘した上で, 従来のモデルを時間スケールという観点から統合した多重時間スケールモデルを提唱する。このモデルは, 個人の認識論について以下のように想定している。(1) 人々にとって“知識”や“知ること”は, 脱文脈化された概念の体系としてではなく, 特定の認知的活動の文脈に埋め込まれた資源として表象されている, (2) 個人の認識論においては, 知識一般と使うものとしての知識とで異なる信念が形成されている, (3) 認知活動を行う場合には, 認識論と現実の課題との間の相互作用を通して, 仮説的世界観として典型的なメンタル・モデルが状況依存的に構築され, その枠組みの中で知識の管理・統制が行われる, (4) 仮説的世界観の範囲で課題解決が十分に行われない時, 世界観の再措定が動機づけられる, (5) 認知活動を繰り返すことを通して新たな認識論が構築され, 既存の仮説的世界観との間で葛藤が生まれ, かつ, 他者の視点や教育的介入によって仮説的世界観の背景となる認識論が対象化されたとき, 個人の認識論は新たな世界観における要求に適応する形で変容する。