疑問の発達的研究は, 1) 言語の発達過程2) 興味・関心あるいは理科的・科学的興味関心の発達過程3) 思考あるいは科学的思考の発達過程からなされている, 本研究は, 主として2) および3) の発達過程を中心として, これを現実界認識過程と題し, その発生領域を発達・性・時代などの観点から考察した。 調査の方法は, 愛知県下の保育園・小・中学校の幼児・児童・生徒, 1028名に個別的面接による自由陳述法および集団的な自由記述法を適用して, 得られた結果を疑問の4領域9類に分類し考察した。その結果と考察を要約すると次のとおりである。 (1) 疑問数からみた発達的傾向は, 小学6年で男女とも疑問数が最高になり, 以後, 中学1年, 3年と減少していく。このことは, 中学の前半から後半にかけて興味・関心が特定対象へ分化, 集中し, 疑問が質的に高次になる過程を裏づけるように考えられる。 (2) 疑問の発生領域における傾向としては, 幼児期には「物品」に関する疑問が最も多いが, これが年令発達とともに減少し, 逆に, 小学校中学年から「人間生活」の疑問が増加し, 中学後半さらに上昇し, この両者の領域の発達傾向が対照的になつてくる。「生物」の疑問は年令とともにやや減少し, 「自然現象」の疑問は, 小学校中学年に増加し以後, やや減少してくる。発生領域において顕著な傾向は, 「人間生活」に対する疑問が中学3年で疑問総数の64.5%を占め, この領域の疑問に集中することである。この傾向は, 今日における思春期の精神特性を示唆する興味ある特徴と考えられる。 (3) 本研究における以上のような発生領域の傾向と戦前の傾向とを比較すると,「生物」「物品」は年令発達とともに滅少し,「自然現象」は小学校中学年から中学前半に増加し,「人間生活」は発達ととも増加する, という全般的発達型は類似しているが,「人間生活」と「自然現象」に対する量的優劣に差異がみられる。すなわち本研究では,「人間生活」が小学校中学年以後, 他の領域を一貫してしのいでいる傾向をもつのに反し, 戦前では,「自然現象」が小学校中学年以後, 他の領域を一貫してしのぎ, 両者の領域の発達傾向が入れかわつたようになつている。この点, そこに時代的変容の要因が示唆される。 (4) 疑問領域の9類に関する発達的・性的傾向としては,「気象」「植物」「人体」の疑問には発達的・性的差異はみられない。「天体」については発達とともに疑問がやや増え, 中学生になつて男子が女子をしのぐ。「地球」では小学校中・高学年で男子が女子をしのぐが発達傾向には差がみられない。「動物」の疑問は, 小学校低学年以下の年令では多いが, その他の年令で差異がなく, また性差もみられない。「用品」については, 年令ととも疑問が減少し, 小学校中学年までは男子よりも女子に多くなつている。「器械」の疑問は, 幼児期にやや多い程度で発達差はみられないが, 男子はすべての年令とも女子をしのいでいる。「生活」の疑問は, 小学校中学年以後, 年令とともに増加し, 同時に, そのころから女子が男子を上まわつている。 (5)疑問の発生領域および疑問の9類に関する発達的傾向を総合すると,「用品」「器械」「動物」の疑問は小学校低学年以下に多く,「天体」「気象」「地球」が少なく,「生活」「人体」「植物」は, その中間である。しかし, 小学校中学年以後,「生活」「人体」の疑問が増えて最上位を占め,「器械」がこれに次ぎ,「用品」「植物」が減少して最下位になり,「天体」「気象」「地球」「動物」の疑問が中間的位置を占めるようになつてくる。このような疑問の種類の分化過程は, これを現実界認識過程の一因としてみることができ, それはいちおうく幼児後期・児童前期を即物的現実界認識段階としての疑問期児童中・後期を移行的現実界認識段階としての疑問期, 青年前期を社会的現実界認識段階としての疑問期と考えてみることができる。 以上, 本研究で得られた結果を要約したが, これらはいずれも今後の継続的かつ包括的な研究にまたなければ明確な傾向を得ることができないであろう。ことに, 発達的傾向とそれに及ぼす時代的要因を究明し, その両者の関係を明らかにすることによつて現実界認識過程としての疑問を段階づけることが必要と考えられる。