本研究は学習材料の抽象性の効果を中心に, 精神薄弱児の概念達成過程にみられる特徴を同一精神年齢の正常児と比較することによって明らかにしようと試みた。実験1では予備学習シリーズと本学習シリーズからなる対連合学習法に類似した概念達成課題によって, 精神薄弱児が概念達成の構えをつくりあげる過程を検討した。さらに, 実験IIにおいては, 1度つくりあげた概念達成の構えをこわして, 視点を変換することにより新たに別の構えをつくりあげなければならない弁別逆転移行学習課題によって, 原学習の概念達成が後学習のそれにどのような影響を与えるのかを比較検討した。 その結果, 実験Iでは以下のような特徴が見出された。 1. 学習達成者の割合は精神薄弱児の方が正常児群より少ない傾向にあり, このような傾向は具体的な概念よりも抽象的な概念において著しかった。 2. 概念達成に要する試行数は, 精神薄弱児群, 正常児群ともに, 具体物の概念に比べて, 形, 数の概念の方が多かった。これを両被験児群について比較すると, 具体物の概念では統計的な有意差が認められなかった (P>05) が, 抽象的な概念である形, 数の学習では有意差がみられ (P<01), 精神薄弱児群の所要試行数は正常児群のそれの2倍以上であった。 3. 概念達成に成功した後で正しく言語化した被験児の割合は, 精神薄弱児群, 正常児群ともに, 数の概念が具体物, 形の概念より少なく, このような傾向は精神薄弱児群において顕著にみられた。さらに, 実験IIで得られた特徴は以下のようである。 1. 原学習に要した試行数は両被験児群ともに, 抽象的な概念課題 (III) の方が具体的な概念課題 (I) よりも多い傾向にあった。 2. 逆転移行の難易をみると, 両被験児群ともに, 課題I, とりわけ大小の概念の逆転移行が困難であり, このような傾向は精神薄弱児群の場合にいっそう強かった。課題II, IIIにおいては, 正常児群は逆転移行が容易な傾向にあったのに対して, 精神薄弱児群ではやや困難であることがうかがわれた。 3. 原学習では両被験児群ともに, 逆転移行容易群の方が逆転移行困難群よりも一貫して試行数が多く, 一方, 後学習では少なかった。 4. 原学習における概念達成の構えがこわされるのに要した試行数は, 両被験児群ともに, どの課題においても逆転移行困難群の方が容易群よりも多く, また, 課題別にみると, 具体的な概念課題よりも抽象的な概念課題の方が多い傾向にあった。さらに, 精神薄弱児群はどの課題においても正常児群と比較して所要試行数が多かった。 5. 逆転移行学習に成功した後で, 手がかりと過程を適切に言語化した被験児の割合は, どの課題でも精神薄弱児群は正常児群と比べて少なかった。これを課題別にみると, 正常児群は正しく言語報告するものの割合が, 課題I 課題II 課題IIIの順に少なかったが, 精神薄弱児群では正常児群の結果と対照的に, 課題I 課題II 課題IIIの順に多い傾向にあった。 これらの実験I, IIの結果から, 全体的に概念達成の構えをはじめてつくりあげる場合に, 具体的な概念の学習材料では, 精神薄弱児群と正常児群との間に有意差がみられないが, より抽象的な概念の学習材料では精神薄弱児群は同一精神年齢の正常児群よりもかなり困難であった。さらに, いったん形成した概念達成の構えをこわして新しい構えを別に形成しなければならない課題になると, 両被験児群ともに抽象的な概念の学習材料よりも具体的なそれの方が解決が困難であり, このような傾向は特に精神薄弱児群において顕著であることが確かめられた。