従来の意味記憶研究では, 実験材料としては専ら全称肯定命題 (UA) が用いられており, 全称否定命題 (UN) が取り上げられることは稀であった。しかし, 日常行われる無数の意味判断が,「…である」の他に「…でない」という形でも表現されるものであることは事実であり, その意味でUNを無視することはできない。本研究では, 従来最も頻繁に言及がなされ論議が交されてきたところのsubset effectとsimilarity effectという2つの現象を取り上げ, それらがUNについてどのような形で現われてくるかを検討した。 3レベルの論理的階層構造を持つ生物語群を用いて, UAとUNをそれぞれ152個作成した。これらの刺激命題はCRTディスプレイ上に視覚刺激として提示された。それらの真偽判断に要した反応時間 (RT) と反応の正誤が測定・記録された。また, 命題を構成している2つの刺激語 (主語と述語名詞) について, 意味的関係性と典型性とが評定尺度法によって測定された。被験者は12名の大学生, 大学院生である。 得られた主な結果は次のとうりである。 1. UAについてもUNについても, 一部の事例を除き, 従来指摘されてきたようなsubset effectは認められず, 全体としてはむしろ逆の傾向が優勢に現われた。この結果については, 刺激カテゴリー間の補集合関係と, Meyer (1970) のset-theoreticモデルに類似した処理モデルとから解釈が試みられた。 2. 関係性及び典型性とRTについての回帰分析の結果, UAについては, 従来繰り返し指摘されてきた通りのsimilarity effectが存在することが確かめられた。また, UNについては, UAと同じパターンのsimilarity effectが現われることが明らかにされた。しかし, 当初の予想とは異なって, UNのパターンはUAのパターンが一律に崇上げされたものではなく, UAとUNのRTの差はsubsetよりもdisjointの場合の方で大であった。この交互作用を説明するため,「であるべース」と「でないベース」という2種類の予測表象のうちいずれがあらかじめ喚起されるかに応じて, 後続する認知処理の負担が異なることを仮定したモデルが提案された。