われわれは, 両側側頭葉前方下部に病変を有し, 比較的選択的に意味記憶の障害をきたした症例 R. N. を経験した。症例 R. N. は神経学的には異常を示さず神経心理学的には Korsakoff 症状群と超皮質性感覚失語を呈していたが, 大きな特徴は, 洗顔クリームの代わりに歯磨き粉を使ったりするように物品の使用に障害を示したことである。物品使用の障害は失語では説明できない現象であり, また, 物品使用の検査では, 症例 R. N. は観念運動/観念失行患者群および健忘症状群とは異なった反応パターンを示し, 症例 R. N.の物品使用の誤りは使用法の忘却に起因すると考えられるものであった。この現象は, 超皮質性感覚失語も考慮すると, 意味記憶の障害の反映であると考察された。症例 R. N.の意味記憶の障害には様態特異性と上位概念の保持は必ずしも認められるとは言い難かったが, 範疇特異性が一応認められた。