右中心前・後回を中心とした梗塞病変により,交叉性失語を呈した症例の発症初期より約2年間の経過を報告した。症例は62歳の右利き男性で,軽度の左片麻痺とmutismで発症した。発症数日で麻痺は回復したが発語は不可能であった。理解は良好であり,仮名の錯書を示した。全般的な言語能力が回復した後にも構音の障害が残存し,定型的なBroca失語の病像を呈した。 近年,持続する構音の障害を伴うBroca失語の責任病巣として, Broca領域よりもむしろ左中心前・後回の病巣が注目されている。交叉性失語には,病巣部位と言語症状の対応が左半球病変による失語症と鏡像をなすタイプと非定型的なタイプがあることが知られているが,本例は鏡像的なタイプであると考えられる。また,本例は発話不可能な時期に歌唱が可能であったことより,歌唱のメカニズムと半球優位性についても検討を加えた。