失語症患者の言語表出過程における錯語の意味や位置づけについて考えるため,以下の諸問題について論じた。 (1) 錯語と流暢性の問題 : 錯語の出現率と流暢性とは無関係であるという意見に対して,自由会話における豊富な錯語は,あくまでも後方型流暢性失語の特徴ではないかという意見を述べた。 (2) 錯語のない Wernicke 失語や超皮質性感覚失語 : 発話の中に錯語がほとんどみられない Wernicke 失語と超皮質性感覚失語の症例を紹介した。その発話は流暢であるが,指示代名詞,常套的表現,擬態語の多用を特徴とし,具体名詞などの情報を含んだ内容語がほとんど含まれないと言う意味で no content word jargon と形容するのが適切であると思われた。病巣は通常の Wernicke 失語や超皮質性感覚失語の病巣に加えて,左側頭葉の下部や前方部をも含んでおり,これらの領域が具体名詞などの語彙呼び出し過程に関与している可能性を指摘した。 (3) 単語の復唱で意味性錯語が頻発する症例 : 単語復唱に際して意味性錯語が頻発した慢性期の Wernicke 失語の1例を報告した。復唱において,破壊された Wernicke 野を経由しようとする発話経路では新造語が生産され,Wernicke 野を経由しない発話経路で意味性錯語が生産されるという仮説を提唱した。