検査場面と実際の日常場面での神経心理症状の解離はよく観察される現象である。本研究は解離現象の一例として単一物品の使用における観念失行を取り上げ,道具使用時における患者を取り巻く状況が,観念失行に及ぼす影響を検討した。検査室で単一物品のみを使用する状況から,日常的環境までさまざまな状況を設定し観察した結果,全症例とも日常的状況と切り離された単一物品のみの使用で失行を示す一方,その物品と意味連想の高い物品が加わり,より日常場面に類似するに従い観念失行が消失し,検査室においても正常な道具操作が可能になった。以上より,観念失行患者の道具使用は状況依存的であり,被験者を取り巻く行為関連情報多寡が行為の実現に強く影響すると示唆された。解離現象に対して,神経系の意図性と自動性の解離という Jackson の古典的理論に加え,認知心理学における状況論の立場も取り入れ,患者の状況的認知という新たな視点で考察した。