交叉性失語例におけるジャルゴン失書の障害メカニズムについて,横山ら (1981) の free running 仮説に依拠しつつ,さらに音韻処理,上肢の意図的運動制御の2点を加え,3つの視点から明らかにすることを目的とした。症例はOK氏,男性,発症当時56歳。右側頭・頭頂・後頭葉にわたる広範な脳梗塞を機に,ジャルゴン失書を伴う交叉性失語を発症した。発話は流暢で,字性錯語が目立った。理解面の障害は軽度であった。検査の結果, (1) 文字のトレースには問題を認めず,書字運動記憶心像は保存されていると考えられた。 (2) 複数の仮名文字や音韻の操作に著明な障害を認めた。 (3) いったん開始した上肢の意図的運動の抑止が困難であった。以上より,非損傷側である左半球に側性化された書字運動記憶心像が,損傷側である右半球に側性化された音韻処理中枢からの制御を失い,さらに上肢の意図的運動制御困難が加わった結果,書字に特異的なジャルゴンが出現したものと考えた。