目的 母性保健の分野では、妊産婦死亡率が課題の把握や対策策定に用いられる。しかし、その算出は推計によることが大半であり、誤差範囲が広いことなどから、比較的小規模の人口集団を対象としたプログラムのモニタリングや地域間の比較に用いることはできないことも知られている。本研究では、セネガル国タンバクンダ州において、De Brouwereによって提唱された“unmet obstetric need”指標を用い、重症産科合併症に起因する妊産婦死亡の推計を行い、同指標の妊産婦死亡削減対策における利用可能性について考察することを目的とした。 方法 2005年にタンバクンダ州および隣接するカオラック州の7医療施設で実施された帝王切開について、その適応と患者居住地を調査し、タンバクンダ州居住者に対して実施された帝王切開数および率を求めた。また帝王切開を実施しなくては死亡に至る可能性が高い「絶対的母体適応」という重症産科合併症群を定義し、それに対して必要な手術数をタンバクンダ州内各保健管区について推計し、実際に提供された手術数との差を求めた。この差が、重症産科合併症を発症したにもかかわらず病院で適切な医療サービスを受けることなしに妊産婦死亡に至った症例数と仮定し、各保健管区ごとに絶対的母体適応に起因する妊産婦死亡率を推計した。 結果 タンバクンダ州内の6保健管区における帝王切開率は、全適応に対しては0.3-2.0%、絶対的母体適応に対しては0.1-0.9%に分布した。タンバクンダ州の絶対的母体適応に起因する妊産婦死亡率は651(95%CI 554-761)、また保健管区ごとでは、クンペントゥム 966(741-1239)、グディリ 877(588-1260)に対し、ケドゥグ 249(119-457)、バケル 296(128-584)と、統計学的有意差がみられた。 結語 本調査から、“unmet obstetric need”指標を用いて、州内保健管区の絶対的母体適応に起因する妊産婦死亡の違いを明らかにすることが可能であった。この手法を適用することで、妊産婦死亡の現状を把握し対策策定に用いることができるだけでなく、地域間の比較、トレンドのモニタリング、プログラムの評価に用いることができる可能性が示唆された。