人はさまざまな状況の中で多様な自己を認知しており,この自己認知の多面性についてはこれまでさまざまな観点から検討が加えられてきた。しかし,そもそも状況の持つどのような要因によって自己認知が変容するのかについては,充分な実証研究がなされていない。さらに,この自己認知の多面性と精神的健康との関連については,自己概念の分化研究により一貫して負の関連が見られているが,自己の表象が分化していることが必ずしも精神的健康と負の関連を持つとは考えにくい。そこで本研究では,他者からの期待という視点を取り入れ,他者から期待される人物像が異なる状況間では,自己認知は期待に沿う方向に変容するのか,また,このような方向での自己認知の変容は状況特定的な自己評価ならびに精神的健康とどのような関連をもつのか,について検討した。その結果,他者からの期待は自己認知の変容を促す規定因の一つであることが示された。また精神的健康との間には関連は見られなかったものの,状況特定的な自己評価に対しては,状況ごとに期待されている方向への自己認知の変容が正の影響を及ぼしていた。またここでの自己認知の変容や期待認知の変容は,セルフ・モニタリングのうち,他者行動への感受性により規定されるものであった。これらの結果にもとづき,さらなる状況精査の必要性や,セルフ・モニタリングの位置づけなどが議論された。