本研究では,社会的状況を手がかりとした自発的感情推論が生じるかどうかを,そして視点取得がその推論に果たす役割を,記憶課題を用いて検討した。実験1では,参加者はさまざまな状況に置かれた人物についての記述文を記憶した。記述文から推論される感情語が後に手がかりとして呈示された場合には,手がかりがない場合と比べて記述文の再生が促進されることが示された。実験2では,参加者は特定の感情が表出された人物の顔と名前の対を記憶した。その表情が事前に呈示された同一人物の記述から推論される感情と一致する場合には,そうでない場合と比べて対連合記憶課題の成績が良いことが示された。これらの傾向は視点取得した場合(実験1)にはより強く見られ,状況に注目した場合(実験2)には記憶課題全体の成績を向上させた。二つの実験で見られた記憶の促進効果は,人が表情などの表出行動からだけでなく,他者の置かれた状況からも,その人の感情を自発的に推論する場合があることを示しているだろう。また,視点取得が他者の置かれた状況への注目を強め,推論を促進させる可能性も示しているだろう。