人間関係に関して怒りが果たす重要な役割とは,相互作用を制御している関係規範,つまり相互の欲求に応じる責任を浮き彫りにすることである。この見方にしたがえば,他者が個人的欲求に応じなかったとき,親密他者に対しての方が,非親密な他者に対してよりも,怒り感情は強いと予想される。だが,本研究では,関係規範の違反に対する怒り反応は,種々の状況要因によって調整されると仮定して,以下の仮説を検討した。すなわち,親密他者が欲求に応じなかったときに非親密他者よりも怒りが強いのは,相手が特異的欲求に応じなかった場合(仮説1)と,個人が欲求情報を伝達しなかった場合(仮説2)に限られるであろうと仮説を立てた。大学生75名を対象にシナリオ調査を実施した。要因計画は人間関係(親密vs.非親密)×欲求の種類(特異的vs.非特異的)×欲求情報の伝達(ありvs.なし)である。各参加者は,人間関係と欲求情報伝達の水準を変化させた4バージョンのシナリオのうちひとつに配置された。特異的欲求と非特異的欲求のシナリオはいずれのバージョンについても含まれている。各シナリオを読んだ後,参加者はそのとき感じた怒りの強度を評定するよう求められた。分析の結果,仮説1は支持されたが,仮説2は不支持であった。これらから,親密他者に向けた怒りは利己心を反映している可能性が示唆された。