本研究では, アイデンティティー交渉過程 (Swann, 1987) が, 個人の精神的健康に及ぼす影響について, 検討した。このアイデンティティー交渉の枠組みでは, 自己評価と他者の評価とのズレの低減のされ方に, 自己評価が他者の評価に近づく形 (評価の効果) と他者の評価が自己評価に近づく形 (自己確証の効果) の2つがあり, そこで生じるズレ低減が個人の精神的健康を導くとされる。本研究では, このような2種類のズレ低減の方向性に加えて, 先行研究において明確にされてこなかった, 「自己評価と他者の評価の相対的な高さ」 に着目した。研究1の結果, 自己評価が他者の評価よりも低い群 (相対的自己評価低群) では, 他者の評価が下がる形のネガティブな確証 (ズレの低減のされ方) は個人の適応を阻害し, 自己評価が上がる形のポジティブな確証は個人の適応を促進することが示された。一方, 自己評価が他者の評価よりも高い群 (相対的自己評価高群) では, このような関連は見られなかった。両群のこのような結果の差異は, アイデンティティー交渉過程そのものの違いによることが, 研究2の結果から明らかになった。すなわち, 相対的自己評価低群は高群に比べて, 自己評価や他者の評価が不安定であり, しかも自らの低い自己評価に他者の評価を近づける交渉を行っていたのである。そして, 適応の水準そのものに関しても, 相対的自己評価低群は高群よりも低かった。本研究の結果から, 自己評価の低い個人の社会的相互作用は機能障害的であることが明らかにされた。また, 対人関係と適応の関連における, 自己過程のもつ仲介機能についても考察された。