テトラエトキシシラン(TEOS)は,防水,耐酸性があるためにレンガ,モルタル等を保持するために使用される他,半導体製造においては絶縁シリコン酸化膜形成に用いられる. TEOSの毒性については, 1937~51年の間に4編の動物実験の文献があり,標的臓器は肺,肝,腎と報告されている.近年,中島らは半導体製造に使用する超高純度のTEOSを使用した雄性ICRマウスの腹腔内投与実験の結果,腎が標的臓器であり,肝,肺には組織病理学的な変化を見いださなかったことを報告した.また,中島らは雄性ICRマウスを用いて1,000 ppm急性吸入曝露実験, 200 ppm亜急性吸入曝露実験をおこなった結果,鼻腔粘膜の強い炎症,腎の急性尿細管壊死(Acute Tubular Necrosis, ATN),尿細管間質性腎炎(Tubulo-Interstitial Nephritis, TIN)の発生を観察している.本研究は,亜急性吸入曝露による鼻腔および腎への無影響曝露レベルを明らかにする目的で実施した. TEOS濃度を100 ppmおよび50 ppmに調整し,雄性ICRマウスに6時間/日, 5日間/週, 2または4週間曝露した.体重の増加,臓器重量,腎機能・肝機能の血清生化学的指標,尿中NAG活性,尿中LDH活性にコントロール群と曝露群間の差はなく,肝,肺,気管,脾,膵,胸腺,甲状腺,角膜に病理組織学的変化を認めなかった.しかし腎では, 100 ppm曝露で2および4週間曝露により10匹中2匹のマウスにTINが観察され,鼻粘膜では50 ppm曝露で2および4週間曝露により10匹中10, 7匹に炎症が観察された.以上の結果より, TEOS吸入曝露おいては,腎と鼻粘膜がTEOSの標的臓器であり,腎では100 ppm,鼻粘膜では50 ppmで病理組織学的所見が陽性であることから,労働環境におけるTEOS曝露は,現行の許容濃度10 ppm以下に保たれるべきであり,不可逆的影響と考えられる腎への影響を長期にわたり観察する必要がある.