生および焙煎コーヒー豆におけるカビの増殖および毒素産生の相違がいかなる原因によるものかを明らかにする目的で, コーヒー豆成分のカビに及ぼす影響を検討し, 以下の結論を得た. 1) 蒸留水またはYES培地を用いて水分含量を50%に調整した生および焙煎コーヒー豆粉末に A. flavus, A. ochraeus など6種のカビを接種し, 発育と毒素産生の有無を調べた. その結果, 生豆粉末においては全菌種が発育し, ochratoxin A産生もみられたのに対し, 焙煎豆粉末においてはYES培地を添加した条件で A. ochraceus の発育が認められたのみで, 他の菌の発育は全くみられなかった. 2) 焙煎コーヒー豆成分中には抗カビ物質の存在が示唆されたため, その単離を試み, 活性物質本体としてカフェインを得た. 3) カフェインは A. flavus および A. versicolor の発育をいずれも2.5mg/mlで, P. glabrum および C. cladosporioides の発育を5.0mg/mlで, F. solani の発育を10mg/mlで完全に阻止したのに対し, A. ochraceus の発育は10mg/mlの濃度においても阻止しなかった. また, カフェインは生豆中にも存在することから, そのカフェインを単離し焙煎豆由来カフェインと抗菌活性を比較したところ, 両者の活性に差は認められなかった. 4) 生および焙煎豆からの温湯抽出画分についてカフェイン含有量および抗菌活性をそれぞれ比較した. その結果, 両画分中のカフェイン含有量に差が認められなかったにもかかわらず, 抗菌作用は焙煎豆由来画分のみに認められ, 生豆由来画分には全くみられなかった. 5) この結果から, 生豆由来温湯抽出画分中にカフェインの抗菌作用を不活化する物質の存在が疑がわれたため, その物質の単離を試み, 最終的にクロロゲン酸を得た. 6) クロロゲン酸はカフェイン2.5mgに対して15mg, 5.0mgに対して30mgと, カフェインの3倍のモル量で最も顕著にカフェインの抗菌作用を不活化した. このクロロゲン酸は生豆中でカフェインと複合体を形成して存在し, 焙煎によりその含有量が半減することから, カビが生豆において発育可能であるのに対して焙煎豆で発育できない理由が, 主として両者におけるクロロゲン酸含有量の差であることが明らかとなった.