これまでの家計研究の成果として得られた家計指標は, 複雑多様なる選好をもった世帯の家計データを, ある特定の属性によってのみ分類した場合の, 平均額として与えられているものがほとんどであった.このことは, 家計分析, とくに家計支出を規定している要因を判別し, その作用を計量しようとした場合に, 分析対象となる要因とそれ以外の要因の同質化を, 厳密に行うことができないという問題をかかえることとなっていた.たとえば, 収入階級別データから, 収入の増減に伴う支出の変動を計量しようとする場合に, 各データに付随する世帯人員数が均一でないために, 収入のみをその作用要因として厳密に計量することができないといった問題である. 本報告では, あらかじめ設定されたライフサイクルモデルに従って, ライフステージ別に家族形態を特定し, 世帯を抽出することによって, 世帯の選好尺度にかかわる具体的条件を同質化した家計収支データを独自に作成し, 分析の対象とすることによって, この同質化の問題に対処した. 分析についての本報での目的は, 作成された家計データのうち, すべてのライフステージ別家計収支金額を積算して得られた, 収入階級5分位別生涯家計データを用いて, 算定されたライフサイクルモデルに基づく家計収支動向の全体像を把握することにあった.まず, 収入についての分析では, 各分位間の収入格差を生み出している要因として, 妻の収入, 公的年金給付, および貯金引出という三つのファクターを見いだすことができた.そして, 支出についての分析では, 10大費目別にそれぞれの支出額ならびに構成比の面から, 収入階級の上昇とともに, 法則性をもって増加もしくは減少傾向を示す項目を, 明らかにすることができた. こうして導き出された諸結果は, 複雑多様なる選好尺度をもった, 各ライフステージの家計収支データの集積として算定された生涯家計データに基づくものであるが, 本研究において作成されたライフステージ別収入階級5分位別家計収支データを用いることによって, さらに, 各ライフステージ間の家計収支変動, ならびに各費目間の相関をとらえることによって, ライフサイクル全体を通してのトータルとしての家計分析を行っていくことが可能であり, 今後の研究のなかでこうした課題に対処していきたいと考えている.