クッキードウ及びクッキーの物性に及ぼす食塩の影響を検討するため, 濃度の異なる食塩水をパーム油に加えてクリーム状態にした油脂を用いてクッキーを調製した場合 (F法) と, パーム油, 糖, 小麦粉を混合した後に, 食塩水を加えてクッキーを調製した場合 (W法) の2方法で実験を行った.更に, その作用機構を明らかにしたいと考え, 油脂と小麦粉成分の親和性, ならびにクッキーの内部組織構造を観察した. 食塩はドウ圧縮時の抵抗を小さくし, やわらかくするが, 付着性の少ないドウにするため, クッキー生地の伸展・成型・型抜き操作が容易になる傾向を示した.食塩はドウ焼成時に上方への膨脹を抑制し横への広がりを増すためspreadの大きいクッキーが焼成される.また, 食塩はクッキーの膨化を抑制する働きを有する. 食塩が少量添加されると, クッキーは破断抵抗が大きくなり硬くて壊れにくくなるが, 食塩濃度が増すと逆に破断抵抗は低下した.これは, ドウの物性及びクッキーの形状・膨化率が食塩濃度の増加に伴い直線的に増大する傾向とは異なった. 食塩添加量が多くなるに従い油脂の小麦粉グルテンとの親和性は大きくなり, かつ, クッキーからの油脂抽出量もF法で若干減少する傾向があり, 食塩添加による脂質の結合型への変化がみられた.一方, W法の油脂抽出量には差が認められなかった.これらの結果は食塩添加によってもたらされるクッキーの破断応力, 破断エネルギーの変化と一致せず, クッキーの破断特性が小麦粉成分と油脂の相互作用によって引き起こされるものではないと推論した. クッキードウの調製方法によりドウ物性値及びクッキーの形状・膨化・破断特性に対する食塩の影響度には差があり, F法よりW法で大きく認められた.ドウに加えられた水は砂糖や小麦粉タンパク質が競り合うが, F法では水がまず砂糖の溶解に用いられ, ドウに加えられた水が小麦粉タンパク質の吸水に利用される割合は少ない.W法では水が小麦粉の混合後に加えられるため, タンパク質の水和がF法より良好になり, その結果, グルテンの形成が進行し, そのためクッキーの内部構造は不均一な空隙と凹凸の多い状態のF法に対しW法では組織全体が膜様状態に観察された.ドウ及びクッキーの物性に対する食塩の影響がW法で顕著に生じたことは小麦粉タンパク質の水和が良好なドウ調製法の方が食塩の影響があらわれやすいといえる.同時にこのことは食塩添加によるクッキーの物性の変化が主に小麦粉タンパク質に対する作用の結果生じたものであることを示唆する. 食塩の添加されたクッキーの内部組織構造を電顕で観察した結果では, 食塩濃度0%で認められたグルテンの繊維状組織に代わり, 主に小麦粉タンパク質によると推察される集合体の存在がF法, W法とも観察された.タンパク質が食塩の作用で凝集し, その際澱粉粒子等も共に包むように凝集し, そのため組織が密で膨化が悪くなる上に, 破断抵抗の大きいクッキーになるのではないかと考える.また, 食塩添加量が多くなるとタンパク質の凝集度が増し集合体同士の間に空隙が生じて多孔質組織となり, そのためクッキーは破断時には逆に壊れ易くなるものと推察した.