江戸時代の緑色染織布の中で, 抽出法による鑑別が可能な絹布32種について, それらの緑色部分に用いられている染料の鑑別を吸収スペクトル測定により行ったところ, 以下の結果を得た. (1) すべての試料について青色染料はすべて藍であった. (2) 黄色染料植物と媒染剤は, 黄蘗のAl媒染が19種, 渋木の灰汁媒染が6種, 石榴のAl媒染が2種, 灰汁媒染が1種, ミロバランの灰汁媒染が2種, 特定不能が2種であった.黄色の染料としては特に黄蘗の使用が多かった. (3) 対照染色布の測色から, 延喜式で緑染めに使用されていたとされる黄蘗と苅安はやや緑味を帯びた黄色で (特に苅安はAl媒染により緑味が増した) 緑色染めに好まれた理由の一つと推定できた.また, 「名物切レ鑑」に含まれていた緑色染織布は, 比較的くすんだ色に集中していたことから, 梔子のように明るく赤みを帯びた黄色は緑染めに多くは用いられず, むしろ石榴や渋木が用いられたのではないかと推測した. 色素の鑑別を, 抽出液の可視・紫外吸収スペクトル測定だけで推定するのは無理があるように思われるが, ある程度までは推定することができた.今後は, 薄層クロマトグラフィー・高速液体クロマトグラフィー・金属イオン分析などの手法を用い, 検討を深めたいと思う.