鉄欠乏症は三大栄養素欠乏症の一つであり, 受胎可能年齢の女性, 幼児および小児に多く発症する。特に, 本研究で対象としたベトナムにおいては罹患率が高い。発展途上国における鉄欠乏症の改善には, 鉄強化は有効な手段であると考えられる。キレート化合物であるエチレンジアミン四酢酸鉄ナトリウム (EDTA鉄) は, 1999年, JECFA (The Joint Food and Agricultural Organization/World Health Organization Expert Committee on Food Additives) に食品強化政策の管理下での使用に安全性が承認された鉄強化剤である。本研究では, まず, 強化対象である魚醤の品質に及ぼすEDTA鉄および各種鉄強化剤, 硫酸第一鉄, クエン酸第一鉄および乳化ピロリン酸第二鉄の影響について, 溶解性, pHおよび色調の面から検討した。EDTA鉄は, 他の鉄強化剤に比べ魚醤に対して高い溶解性を示した。さらに, EDTA鉄添加魚醤のpHは, 1カ月保存後においても, 著しい品質の低下は認められなかった。次に, 貧血ラットを用い, AIN-93または米粉およびグルテンをタンパク質源とした飼料におけるEDTA鉄の鉄欠乏状態における改善効果を他の鉄強化剤と比較検討した。AIN-93にEDTA鉄を添加した飼料を摂取した群は, 他の鉄強化剤を摂取した群と比較し, ヘモグロビン濃度の回復に顕著な差は認められなかったが, 血清鉄濃度および肝臓中鉄含有量は, 他の鉄強化剤投与群に比べ低値を示した。一方, 米粉およびグルテンをタンパク質源とした飼料にEDTA鉄を添加した群は, 肝臓中鉄含有量は, 他の鉄強化剤投与群に比べ高値を示したが, ヘモグロビン濃度の回復および血清鉄濃度において他の鉄強化剤投与群に比べ顕著な差は認められなかった。以上の結果より, EDTA鉄は, 魚醤に対し高い溶解性および安定性を示し, 植物性食品をおもに摂取する場合に鉄欠乏に対する改善効果が高く, 他の鉄強化剤とほぼ伺等の効果を有することから, ベトナムにおける鉄強化食品に適した強化剤であると考えられた。