(1) 肝における栄養素の代謝がホルモンによる調節とは別に, 神経による直接的な代謝調節作用を受けていることが筆者らによって明示されたのは, 約40年前のことである。代表的な事例である肝グリコーゲン代謝の場合, 視床下部腹内側核 (VMH)-交感神経系の刺激はホスホリラーゼの秒単位での活性化によって肝グリコーゲンの分解をもたらし, 他方, 視床下部外側核 (LH)-副交感神経系の刺激はグリコーゲン合成酵素の活性化をひき起こす。自律神経のこの作用は膵ホルモンや副腎ホルモンを介したものではなく, 神経独自の作用によることが立証された。さらに, 還流肝を用いた ex vivo での交感神経の作用機構に関する研究から, 神経作用の伝達にはノルアドレナリン以外に神経ペプチドやサイトカインの関与が明らかになった。(2) 白色および褐色脂肪組織における脂肪分解はVMH-交感神経系の興奮によって亢進するが, この神経系の刺激はまた, 選択的に褐色脂肪での脂肪合成をも増大させ, 脂肪の代謝回転を促進させることが見いだされた。このことは, 褐色脂肪での熱産生 (エネルギー消費) の代謝学的基盤をなすもので, この神経調節系の障害は肥満の原因となる。(3) 骨格筋は運動時のみならず安静時の基礎代謝の維持においても体内最大のエネルギー消費器官である。骨格筋や心筋におけるグルコースの取り込み・利用は, インスリンの作用以外に視床下部-交感神経系の支配下に制御されていることが見いだされ, 交感神経のこの作用は骨格筋のβ3アドレナリン受容体を介して細胞膜に局在するGLUT-1グルコース輸送体の活性化に基づくと考えられる。また, レプチンはVMH-交感神経系を介して骨格筋におけるグルコースの取り込み・利用を促進するとともに, 骨格筋のAMP-kinase の活性化を初発とするシグナル伝達系によって脂肪酸のβ酸化をも促進してエネルギー消費に大きく寄与することが最近明らかになった。(4) さらに, 香味食品の中には味覚刺激を通じて中枢神経と連動して交感神経系の発動を促し, 体内のエネルギー代謝を盛んにする効果を発揮するものが存在すると思われる。実際に, ショウガとその辛味成分であるジンゲロン, あるいはラズベリーの有効成分であるラズベリーケトンを食餌に添加すると, 生体まるごとの酸素消費量の増大と呼吸商の低下をもたらし, 高脂肪食摂取による脂質代謝異常を改善する効果をもつことが明らかになった。