以上の如く甚だ著者の主観的な見解ではあるが、生翫系酒母に就いて若干の検討を加え、且従来の酒母経過表を著者の提唱する方法で整理する事に依り、酒母育成上の杜氏の個性及び熟成酒母の強弱をその都度察知し得る事を述べ、更に著者等の酵母の酒精及び乳酸耐性に関する実験結果より酒母の最高温度に就て考察した。今前述の事項に就いて要約すれば次の通りになる。 一、著者が実施している生翫及び山廃翫の仕込方法を詳細に述べ両酒母の得失を論じた、 二、生翫と山廃翫の最も異る点は、後者が水麹を行う事浄に依り蒸米が酵素液を吸収し、従つて蒸米の老化が比較的少く且つ米粒が擂砕されずに糖化溶出される点である。然しながら後者に対しては過溶解に対し留意する必要があることを指摘した。 三、上記の理由に依つて山廃翫の方が溶液部と固形部の分離が良く、前暖気期間中の品温降下が容易である為順調な品温経過を採り易い。 四、酒母の経過表を整理するに当つて前暖気期間、湧付休、仕上期間の三期間に分け、その各々について温度と時間の関係を調査する酒母経過整理表を提唱し、その一例を示した。 五、一般の経過表をこの様に整理する事に依り杜氏の酒母育成上の個性が判明し、前暖気期間に於ける温度の採り方及び時間配分の計画的指導方針が樹立し易いことを述べた。 六、湧付休中の温度の採り方、ボーメの切れ具合、酸の増加の傾向等を詳細に調査すれば、二、三の型式があり、それに依り酒母の性質を或程度伺い知る事が出来る。以上の事項に対し実例を掲げ、若千の考察を行つた。 七、酵母の増殖に対する酒精、乳酸の影響に関する実験結果に鑑み、湧付休末期及び最高温度に於て、酒母中のグルコース量が多い程酵母の増殖は阻害される。又温度の影響は、二四度迄は大して変らないが二八度になると酒精や乳酸に依る阻害作用が急に大になり、三〇度以上ではこの作用は更に大になる。此の間に於て弱性の酵母は或程度淘汰されるものである事を述べた。 上記の様な事実より生翫系酒母は育成途上の経過に依り夫々に対応した仕上げ方法を講ずべき事を提唱し、これ等に関し考察を加えた。以上終りに臨み、本稿に協力せられた当研究室員、高岡祥夫、秦昌造、両氏に深謝の意を表する