清酒もろみの後期において, 清酒酵母の増殖や成分経過のなかの滴定酸度とアミノ酸 (F-N) の増加はほとんど観察されないのが一般的である。昭和51 BYに, 一酒造場で滴定酸度の漸増とアミノ酸のゆるやかな増加がみられた。そこで, モデル実験のなかで酵母の非増殖状態における生理的諸現象を知る必要から, 本報告では洗浄菌体 (協会7号酵母) の懸濁液中の滴定酸度と有機酸組成の変化を経時的に検討した。 その結果, 酵母懸濁液のエチルアルコール濃度と保持時間を調節することにより滴定酸度は変化し, さらに環境温度を高めるにつれて酸生成作用は助長された。 滴定酸度の増加の割合と全有機酸のそれとの間には多少の差異を認めたが, 同条件下における滴定酸度と全有機酸量の間には高い相関々係があることを確認した。 漸増する有機酸のなかで酢酸と乳酸の増加の割合は, 酵母が高温環境および高アルコール存在下におかれた場合ほど顕著であることを認めた。コハク酸は各設定条件下で常に最高の組成比を占めるが, 酢酸および乳酸と異なり漸増の割合はゆるやかであることを観察した。 以上の実験結果から, 清酒もろみの後期における滴定酸度の漸増現象は, もろみ中にエチルアルコールが高濃度に生成蓄積されているにもかかわらず高い品温で長時間維持されたことにより, もろみ中の非増殖状態の酵母群によって酢酸, 乳酸およびコハク酸が異常に生成されたがために起った現象であろうと推察した。