稲麹の菌叢の主体は U. virens で A. oryzae は少ない。だが, これを使って種麹の代用としたという古い記録があるので, この点について究明したところ次のような興味ある結果を得ることができた。 1) 稲麹より分離した U. virens および A. oryzae は共に無蒸煮米によく増殖するが, 蒸米には U. virens は増殖出来ず, A. oryzae は非常によく増殖して米麹ができた。このことは基本株として供試した U. virens IFO-5923および A. oryzae RIB-647でも同じ結果であった。 2) 無蒸煮米に増殖した U. virens の酵素力価を測定したところ, α-アミラーゼ, グルコアミラーゼはほとんど活性がないこと, またpH 6.0プロテアービも極めて微弱であることを知った。このことから U. virens は酵素力価が弱く, 蒸米のように加熱されて酵素作用を受けにくい基質には繁殖が困難であることを知った。これに反し稲麹に棲息していた. A. oryzae はいずれの力価も強く, U. virens に代って蒸米ではよく繁殖して米麹をつくることが可能であることも知ることができた。 3) U. virens の生育温度について検討したところ, 35℃ではその生育が大幅に抑えられ, 37℃では完全に停止した。この温度範囲は A. oiyzae の最適とするところであり, 両菌株間には生育温度の上でも明確な差のあることがわかった。 4) 以上の結果より, 昔, 稲麹を種麹の代用として使用したという記録の微生物学的な裏付けは, 稲麹中に多数棲息している U. virens は蒸米上では増殖ができず, そこに混存していた A. oryzae が蒸米上で増殖し米麹となったものであることを明らかにした。