近距離に分布するブナの母樹間において, 両親間距離と累積交配頻度との関係や花粉プールの対立遺伝子の豊富さ (allelic richness), 有効花粉親数に差異が生じるのかを調査した。本研究では, 互いに近接しているがわずかに環境の異なる6個体の母樹を調査対象とした。マイクロサテライト7遺伝子座を用いてそれらの母樹から採取した堅果由来の実生823個体の遺伝子型を決定し, 父性解析を行い, 花粉散布に関連するパラメータを算出した。父性解析の結果, 近距離で交配頻度が高くなる傾向が共通して観測されたが, 両親間距離に対する累積交配頻度の上昇傾向は母樹ごとに異なり, 4 haの調査プロット外からの花粉の移入率は15.7%から33.8%の間で変動した。花粉プールにおける対立遺伝子の豊富さの値は8.524から12.803と全母樹を通して同程度となったが, 有効花粉親数 ( N ep) 値は2.941から16.340と大きく変動し, N ep値の低い母樹では不健全堅果の生産される割合が高かった。これらの結果から, 花粉散布のパターンや堅果充実率は近距離母樹間である程度一致するものの, 母樹の立地環境により変動する可能性が示された。