奥秩父の落葉広葉樹林の樹冠部における降水の移動に伴う溶存無機イオン物質の動態を調べるために, 同林分のブナ, イヌブナ, ツガの各1個体を対象にして, 主要無機イオン (Na+, Cl−, SO42−, K+, Mg2+, Ca2+, H+, NH4+, NO3−) の林外雨, 林内雨, 樹幹流による各沈着量を観測し, それらから求めた各個体の純林内雨沈着量の季節変化を検討した。樹冠における溶脱・吸収が無視できるとされる物質 (Na+, Cl−, SO42−) の純林内雨沈着量の季節変化から, 各個体への乾性沈着量の季節変化のパターンは樹種によって大きく異なることが明らかとなった。また, ブナとイヌブナは, 林内雨や樹幹流によって樹冠下へ供給される1年間のK+の量がツガより多く, その原因は, 生育期におけるK+の活発な溶脱であると考えられた。常緑針葉樹であるツガの樹冠下に供給されるMg2+とCa2+とNO3−の量は他の広葉樹2個体よりも大きかったが, その差は, 主に生育休止期におけるツガ樹冠への乾性沈着によりもたらされていると推察された。