血管新生(angiogenesis)とは既存の血管から新しい血管が形成される現象を指す.固形腫瘍,糖尿病性網膜症,関節リウマチなどの病態の進行と血管新生が密接に関連することが知られるようになり注目されている.からだの中で血管は血管新生の促進因子と抑制因子の均衡が保たれているため,通常は静的な状態にある.しかし,その均衡が促進因子側に傾くと血管新生が惹起される.1970年代の初頭にFolkmanらは,腫瘍がある一定以上の大きさ(1-2mm3)になるには,栄養分と酸素を供給するために腫瘍周囲に血管新生が必要であることを示した1).この発見は,血管新生の抑制が制癌につながる可能性を示した点で画期的であった.その後,血管内皮細胞の培養系が確立され,血管新生を調節する機能分子が次々に同定された.また,欧米を中心に,血管新生の抑制を目的とした薬剤の臨床試験が進められ,血管新生抑制物質がいわゆる“血管新生病”を予防し治療する手段として注目されるようになった. 腫瘍の血管新生に関しては,血管周皮細胞の欠如や減少によって,血管新生因子(とくにVEGF)の影響を常に受けやすい状態にある.そのため,未成熟な血管の新生と形成が,繰り返し腫瘍近傍で行われていると考えられている.腫瘍における血管新生の基本的な機序は,腫瘍から分泌されたVEGFが,内皮細胞膜上のVEGF受容体(VEGFR)に結合し,VEGFRのチロシンキナーゼドメインを活性化するとともに細胞内シグナル伝達を亢進し,これにより内皮細胞の増殖と遊走を刺激し,さらに管腔形成に至ると推定されている.したがって,血管新生を抑制する目的から,VEGF分泌の調節もしくはVEGFRの活性化の抑制が有望な研究標的になっている.この目的に対し有効な食品成分を見出せれば,血管新生病の予防のための新食品の開発が可能になる.これまでに,ウコンに含まれるクルクミン,緑茶のエピガロカテキンガレート,あるいはビタミンDについて抗血管新生作用が報告されている2).我々の研究室でも食品成分をスクリーニングして,ビタミンE同族体であるトコトリエノールや共役脂肪酸が抗血管新生作用を示すことを見出した3)∼5).トコトリエノールの作用機構としてVEGFR由来のPDKやAktといった生存シグナルの抑制,ASK-1やp38といったストレス応答シグナルの活性化を明らかとした.これらの物質は長い食経験から安全性が高く,血管新生病の予防という観点からは有効なツールになると思われる. なお,創傷の治癒や性周期に伴う生理的な血管新生は限られた部位と時期に見られる現象であり,病気に伴う血管新生とは異なる.また,血管新生が十分でないために,病状が悪化する場合(閉塞性動脈硬化症や狭心症)も知られる. 今後は,抗血管新生効果をもつ食品成分のメカニズムを分子·細胞レベルで明らかにしていくことが,血管新生抑制作用を有する食品成分の研究において重要である.ニュートリゲノミクス的手法と疾患モデル動物を用いて作用機序を解明し,ヒト試験で効果を実証することにより,食品による病的血管新生の予防という新たなイノベーションを生み出すことが期待される.