グリーンケミストリーは一般的に「環境にやさしい化学」ととらえられているが,米国環境保護局(EPA)のPaul T. Anastas(現Yale大学)らにより「物質を設計し,合成し応用するときに有害物をなるべく使わない,出さない化学」とより明確に定義されている.具体的には,化学物質の使用に際して,原料,反応剤・合成変換法,反応条件,最終生成物・目的分子の設計等のあらゆる段階において,環境負荷の低減を図り,それを実践する化学,学問,思想である.その基本理念は,1998年にAnastasにより下表の12箇条としてとりまとめられている1) . 米国で1990年に成立した環境汚染保護法が発令されたのを契機に,環境保護局(EPA)を中心に「危険性・有害性のより低い化学製品や化学プロセス」について検討が活発となった.1995年のクリントン大統領の「The Presidential Green Chemistry Challenge」計画の推進表明をはじめ1997年からのGreen Chemistry and Engineering Conferenceの開催等,政府主導による産学官全体での取り組みに発展した.また欧州でも同時期に同様の活動が始まり,1997年イタリアで開催された国際会議「The Green Chemistry : Challenging Perspective」を契機に,EUと各国政府,産業界での取り組みが活発化した. 日本では,この米国の取り組みに加え,リサイクル等による省資源での持続的社会構築をうたったOECDによる「OECDサステイナブルケミストリープログラム」に対応して,2000年3月に産官学の連携による「グリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク」が発足し,以後,グリーン・サステイナブルケミストリー(GSC)として取り組まれている.GSCの技術体系とその研究領域は図のように,グリーン原料,グリーンプロセス,グリーン製品,グリーンリサイクルの4つの大きな分野とそれぞれを構成する項目に分類されている. 「グリーン原料」は,農林水産物やその副産物等の各種バイオマス資源が主なものとなり,これらから産業素材,各種化成品,医療素材,食品素材,バイオマスエネルギー等への変換が検討されている.「グリーンプロセス」では,より環境に優しい代替反応試薬・反応経路の検討に加え,光・電磁波・超音波・高圧力等を利用した新たな有機反応プロセスが検討されている.また,新規無機触媒の開発や微生物・酵素を利用したバイオコンバージョン,溶媒としての超臨界流体の利用などもある.「グリーン製品」には,環境負荷がより少ない難燃剤や生分解性のバイオサーファクタント,生分解性プラスチック等が含まれる.「グリーンリサイクル」には,各種副産物のリサイクル技術だけではなく,資源のリデュース,リユース技術も含まれる.各要素技術の開発だけではなく,循環型経済社会の確立のために必要な物質のライフサイクル全体を通じた総合的な技術体系の確立とエネルギー消費・CO2排出の低減化とそのシステム化が必要である.また,人類活動等により汚染された土壌や水圏を修復するためのケミカルレメデーションやバイオレメデーション技術もGSCの重要な課題である.また,以上のように種々の取組による“グリーン”技術の開発が取り組まれているが,これらの有効性を評価する実効なグリーンインデックスの策定とその国際標準化も重要な課題の一つである. 今後,これまでの工業化学の世界と,バイオテクノロジーやナノテクノロジーを始めとした各種異分野の先端技術等との融合により,より実効的なGSC技術が数多く創出されることと考えられ,グリーンケミストリーが循環型持続的社会構築に向けて果たす役割はますます大きくなるものと考えられる.