恐怖喚起コミュニケーションによる態度変容研究における基礎的領域としての, 「伝達されたコミュニケーション内容の理解」の問題を検討することが本研究の目的である。内容の理解に影響をおよぼす可能性のある因子として, (1) 喚起された恐怖の度合 (Janis & Milholland, Jr. 1954), (2) コミュニケーションにもり込まれた情報量の多さに由来する妨害要因 (Duke 1967) を本実験ではとりあげた。 実験に用いた論題は「医学的見地からみた出生前診断」の問題である。恐怖喚起操作は, 実験Iでは被験者が黙読するパンフレットに記載された恐怖情報の多少によって, 実験IIではさらにテープによる朗読と恐怖喚起スライドの映写を加えることによってそれぞれ行なわれた。妨害要因操作は, 記事に含まれる情報単位 (実験I・II) およびスライド映写数 (実験II) の多少を, 恐怖喚起操作に拘らずほぼ一定の比率に保つことにより行なわれた。情報伝達直後に, コミュニケーションの主要部分の理解度が12項目の5選択肢客観テストにより測定された。被験者は高等看護学校・臨床検査技師学校女子学生である。 実験Iにおいては実験操作が不充分であったため, 恐怖喚起の効果に関しては明確な傾向は見出されなかった。妨害要因の効果に関しては, 記事に含まれる情報単位が少ないほうが, 客観テストの成績は向上するという傾向がわずかに認められた。実験IIにおいては, 実験操作の有効性は確保し得たにも拘らず, 客観テストの成績に対して恐怖喚起は直接的な効果をもたなかった。妨害要因に関しては実験Iと同様の結果がさらに明確に認められた。また情報単位が多く伝達された場合, 問題をより深刻に認知し, 全般的に記事・著者を好意的に評価する傾向がみられた。さらにこれは恐怖喚起の度合が強い場合により強められる傾向が若干認められた。 これらの結果について, 恐怖喚起の方途の問題およびコミュニケーション内容の理解に際しての恐怖喚起の役割の問題が論議された。さらにそこから, 恐怖喚起コミュニケーションによる態度変容における, コミュニケーション内容の理解と勧告情報の受容との間の一義的対応関係についての疑義が示唆された。