本研究は, 横断歩道を横断する人々が形成する群集流の巨視的行動パターンについて検討したものである。まず, 第1研究において, 横断歩道上に観察される巨視的行動パターンを計量する指標を開発した。次いで, 第2研究において, 現実の横断歩道を模した実験的状況を構成し, 巨視的行動パターンの形成過程を検討した。 群集状況においては, 群集内の個々人は必ずしも群集全体の動向を考慮して行動しているのではなく, 通常, 自らの近傍に関する情報処理と近傍の他者との相互作用を行なうのみである。しかし, 群集全体に視点を移すと, そこには一つの巨視的行動パターンが次第に形成される。すなわち, 群集内の微視的相互作用によって生じた巨視的行動パターンの「核 (core) 」が, 漸次波及して, 群集全体の巨視的行動パターンを形成する, というメカニズムの存在が示唆されるのである。一方, 確立した巨視的行動パターンは, 翻って, 群集内の個人の微視的な情報処理や相互作用を制約するに至る。 第1研究では, 巨視的行動パターンの主要な特性を, 個人の行動を制約することととらえ, その程度によって, 巨視的行動パターンの形成度を計量しようと試みた。具体的には, 横断歩道において反対方向に進行する2つの群集が形成する巨視的行動パターン (数本の人流の帯が形成され, ほとんどの人がその帯上を歩行するというパターン) を観察した。巨視的行動パターンの指標として, 群集流の「分化の程度 (逆に言えば, 個々人が歩行し得る人流の帯がどの程度限定されているか) 」を表す「エントロピー指標」, および, 「流量の程度」を表す「流量指標」を導入した。その結果, 歩行者がある一定数以上の場合, これらの指標は, 横断歩道上に形成された巨視的行動パターンについての視察結果を適切に反映することが確認された。 第2研究では, 実験室に, メッシュ状に分割した横断歩道を構成し, 被験者が一斉に進行方向を意思決定し, 一斉に動く, という実験方法を導入することによって, 群集内の個々人の行動を時系列的に追跡し, 群集内の微視的行動・微視的相互作用と巨視的行動パターンとの関係を検討した。その結果, 特定の微視的相互作用の偶然的な生起による巨視的行動パターンの「核」形成という「偶然」の過程と, いったん「核」が生じた後, 個々人がその方向性に追従し, 確立した (ないし, 確立しつつある) 巨視的行動パターンに巻き込まれるという「必然」の過程が並存することが見いだされた。