生食用マグロ肉の色調は商品価値にとって重要な因子である.新鮮なマグロ肉はオキシミオグロビンあるいはデオキシミオグロビンにより比較的明るい赤色を呈するが,保存期間中にミオグロビン色素のポルフィリン環の中心部に配座するFe2+が自動酸化を受けFe+3に変化し色調が暗褐色に変化するとされる.この現象は一般的な冷凍保管温度-18℃においても比較的急速に進行するため,マグロ流通では-50℃以下の保管温度が利用されている.しかしながら,凍結保管中におけるマグロ筋肉内における色調の変化についてはいまだに不明点が多く残されている.その原因の1つはメトミオグロビンの消長に関連する反応機構の全容が明らかにされていないこと,またメトミオグロビン自体の定量手法の不備が挙げられる. 本研究では,これまで筆者らのグループで取り組んできたFe3+の検出を可能とする電子スピン共鳴(EPR)による凍結マグロ筋肉中のメトミオグロビンの定量研究[9]を発展させ,凍結保管中のマグロ筋肉内メトミオグロビンの消長,またフリーなFe3+量の変動についても同時に検討した.さらにそれらの挙動に与える筋肉内脂質の影響についても検討した.すなわち,未凍結生鮮メバチマグロ肉から脂質含量0.8%の赤身部と脂質含量7.4%の中トロ部を所定のサイズに切り出し-5,-10,-15℃で凍結庫に4ヶ月間保管し,その間,凍結状態(測定時温度-150℃)のまま試料のEPRスペクトルを測定した.EPR測定にはMn2+を基準物質(マーカー)として用い,JES-TE300(JEOS Co.,)にてX-bandで測定を行った.一方,あらかじめ種々な濃度に調整したメトミオグロビンおよびフリーなFe3+を含む標準溶液を調製し,試料測定時と同じ条件でEPR測定を行い,メトミオグロビンおよびフリーなFe3+由来のそれぞれのピークのMn2+ピーク強度に対する相対強度値を求め,それぞれの濃度とピーク強度の検量線を作成した.この検量線を用いて,試料中のメトミオグロビン含量およびフリーなFe3+の絶対量を求めた. その結果,-5℃,-10℃保管では赤身,中トロ肉いずれも初期にはメトミオグロビン量は増大するが,赤身肉では30日前後で0.1μmol/gを上限値として変化が無くなった.一方,中トロ肉ではメトミオグロビン含量は初期に急速な増加を示し,-5℃で約10日,-10℃で20日で最大値を示した後,急激な減少に転じることがわかった.しかし,-15℃保管では,赤身,中トロいずれの場合にも緩慢な上昇を示し,試験期間中には最大値,上限値に至らなかった.また,本研究ではいずれの温度でもフリーなFe3+が凍結保管中にも増加することが示された.この増加は保管温度が高いほど速いが,とくに脂質の多い中トロでは,その増大が著しく顕著であった.したがって,脂質の多いマグロ筋肉内では,ミオグロビンはいったんメトミオグロビンとなり,さらに脂質の影響によりFe3+の遊離が起きるためメトミオグロビンが減少するといった連続した反応機構があることが示唆された.これら知見は凍結マグロ肉の色調の変化を予測,保管条件を決定する上での基礎となると考えられる.