感情認知の神経心理学研究では感情と表出行動の対応関係がしばしば想定されてきた。この立場によると, 感情認知は他者の内的状態をその表出行動から読み解く一種の知覚的パターン認識である。しかし, 脳損傷研究は扁桃体や島などのいわゆる〝感情脳〟の役割を明らかにし, 他者と感情状態を疑似的に共有することが感情認知に寄与することを提案している。また, 感情と表情の対応関係を否定し, 文脈情報にもとづく推論が正確な感情認知に重要であると主張する研究者も少なくない。近年では, 感情認知の種々の手がかりの統合に関わる神経・認知メカニズムへの関心も高まっている。以上のように, 感情認知は多様な過程によって支えられている。このことは, 感情認知が脳機能障害に脆弱でもあり, 頑健でもあることを示唆する。つまり, 上記の一つの過程に異常が生じただけでも, 感情認知障害は起こりうる。一方で, 一つの過程の障害は他の正常な過程によって代償されうる。こうした感情認知の相反する特徴に臨床検査では留意する必要があるだろう。