仏教学において,ある仏典に古層と新層が存在すると考えることは一般的なことである.この考え方は,古層に新層が付加されて現存の仏典が成立したというものであり,これまでの研究により,経・律・論のそれぞれにおいてより古い部分が明らかにされ,仏典の成立史が明らかにされてきた.それでは,ある仏典はいつまでも書き換え続けられるのであろうか,もしそうでなければそのような書き換えはいつ終わるのであろうか.本論文は『大毘婆沙論』における「有別意趣」という表現の考察を通して,この問題に一つの回答を与えようと試みるものである.本論文では,『大毘婆沙論』が,『品類足論』の後世への流伝に与えた影響と,『発智論』に潜む矛盾をどのように解釈したかを明らかにし,たとえ教理上の間違いがあったとしても,聖典としての仏典が容易に書き換えられない場合があることを明らかにした.