豆乳は,タンパク質溶液にタンパク質粒子と脂質が分散したコロイド分散系である.豆乳中に含まれる脂質はオイルボディとして存在しており,表面を覆うオレオシンによって合一が抑制され,安定なコロイド分散系を形成していると考えられている.豆乳の製造管理および豆乳加工品の開発のためには,豆乳のコロイド特性の把握が重要と考えられる.コロイドの安定性はpHや熱,電解質,有機物の添加などの要因で変動することが知られている.筆者らはアスコルビン酸溶液の添加によるpHの低下に伴って,豆乳の見かけ粘度が急激に変化する挙動を確認している.オイルボディとタンパク質が関わる凝集体の生成により見かけ粘度が上昇すると考えられるが,凝集の詳細は明らかになっていない.pH低下に伴う豆乳コロイドの凝集挙動の詳細を明らかにするためには,豆乳の粒子が孤立状態で存在している段階から,粒子が集まり充填状態やゲル構造を伴う巨大凝集体を生成するまでのメカニズムに関する理解が求められる.本研究では,豆乳のpH低下によって豆乳中に含まれるタンパク質の等電点に近づくことでタンパク質溶解度が低下し,凝集体が形成されると仮説を立て,拡張アインシュタイン型の式とKrieger-Dougherty型の式とを組み合わせた粘性モデルを構築して,その有効性を実験的に調べた.
原料産地が異なる6種類の豆乳にアスコルビン酸溶液を添加して,pH 5.6-6.2のpH調整豆乳とし,円錐平板型回転粘度計を用いて見かけ粘度を測定した.pHが低下するにしたがい,およそpH 6.0までは見かけ粘度はやや微増するにとどまったが,pHが6.0より低くなると徐々に見かけ粘度が上昇し,pHが5.9より低くなると指数関数的に見かけ粘度が上昇した.また宮城県産大豆から調製した豆乳:Soymilk Aでは,pHがおよそ0.1低い条件で同様の挙動がみられ,品種の違いによるグロブリンタンパク質の含有割合の変化や灰分などの他成分による影響が考えられた.6種類のpH調整剤をアメリカ産大豆から調製した豆乳:Soymilk Bへ添加して見かけ粘度を測定したところ,先述の実験と同様におよそpH 6.0まではpH低下に伴って微増し,pHが5.9より低くなると急激に粘度が上昇する挙動を示した.ただしフィチン酸溶液およびクエン酸溶液の場合は粘度が顕著に変化するpHが低く,これはキレート作用によるものと示唆された.
6種類のpH調整剤によるそれぞれの結果について,豆乳に含まれる水素イオンの濃度を豆乳のpHから算出し,無次元粘度 η dの実測値との関係を示した.このプロットに対し,拡張Krieger-Dougherty型の式に当てはめて,粘性パラメータ h c, K cを算出した. h cは凝集体のかさ高さを表し, h cの値が大きいほど凝集体がかさ高いことを示す. K cは分散相の最密充填率の逆数であり,巨大凝集体のかさ高さを示す.つまり K cの値が大きいほど,凝集体が密ではなく巨大凝集体がかさ高いことを表す.各pH調整剤の系において,拡張Krieger-Dougherty式の適用妥当性を検討したところ,pH調整剤の添加に伴う連続したpH低下による豆乳の凝集形成系について1つの式で良好に記述できることがわかった.
6種類の豆乳および6種類のpH調整剤を用いて測定した粘度データから得られた粘性パラメータ h cと K cに負の相関が認められた.つまり,pH低下によって進行する凝集過程において,高pH領域にて生成される凝集体の大きさが大きいほど,巨大凝集体が密に充填してかさが小さくなり,逆に凝集体の大きさが小さいほど,巨大凝集体はかさ高くなることが示唆された.また,pH調整剤の種類によらず同一の曲線上にプロットされたことから,孤立状態にある凝集体の内部構造が架橋機構の違いにより異なっていても,マクロな凝集挙動は同様であることが示唆された.さらに, h cと K cに相関関係があるために,高いpH領域で粘度変化を測定することによって,低いpH領域での粘度が予測できることが示された.このことは豆乳におけるpH低下による凝集挙動を高pH領域で予想可能であることを表し,豆乳の品質管理に応用できる可能性が期待される.
本研究は生研センター「革新的技術創造促進事業(事業化促進)」の支援を受けて行った.