ウメ( Prunus mume Sieb. et Zucc.)果実 は梅干し,ジュース,梅酒などに加工されている.和歌山県はウメ果実の生産量は約6万トンで,全国の生産量の6割に達し,その70%が県内で梅干し製造に用いられる.梅干し製造過程では推定1.6万トンの梅酢が副産物として生じるが,梅酢は20%の食塩と5%のクエン酸を含有していることから,その利用,もしくは廃棄法が大きな課題となっている.われわれは梅酢には果実由来のフェノール化合物が存在し,その調製法を実験室レベルで明らかにしてきた.その後,梅酢由来のフェノール化合物(UPと省略)を工業的に製造する開発に繋がった.その方法の1つの事例を示すと,化学吸着樹脂Diaion HP-20を充填したステンレスカラム(直径 30 cm×長さ 2 m)に梅酢3トンを 流速 300 L/hで通過させ,フェノール性化合物を吸着させる.その後脱イオン水500Lを通過させてカラム内に残存している食塩およびクエン酸を除去する.その後500Lの0.05%の酢酸を含む60%エタノールをカラムに流し,フェノール化合物を回収する.この液を凍結乾燥してUP原末を得る.
UPの工業的製造が開始されたので,工業的に製造した6ロットの化学的特性を調べた.まずフェノール性化合物の平均含量をフォーリン・チオカルト法で調べた.この場合,通常没食子酸を検量用の標準物質として用いるが,没食子酸はフェノール環に水酸基が3個ついている.ところでウメのフェノール性物質はヒドロキシ桂皮酸の誘導体で,フェノール環に水酸基は1個もしくは2個であることがすでに明らかになっており,没食子酸を標準物質にすると,フェノール性物質の含量が低く見積もられることになる.そのため,フェノール環に水酸基が1個の p -クマル酸も,別途標準物質として用いた.その結果,UP のフェノール性化合物の平均含量は,没食子酸換算で13.1±0.79%, p -クマル酸換算で19.2±2.11%であることが判明した.全糖量はフェノール硫酸法で求め,その平均含量は57.7±4.7%であった.これらの6ロットのHPLCプロファイルおよびフェノール性化合物の組成はピークの高さは多少の違いはあるものの,全体として類似していた.UPのアルカリ加水分解によりカフェ酸, trans - p -クマル酸, cis - p -クマル酸,およびフェルラ酸が見いだされた.これらは実験室レベルで製造したUPと,同じ分子種であった.これまで,実験室レベルで製造したUPは,梅酢製造の年が違っても,またウメ果実の収穫場所が異なっても,品質に大きな差異は見いだされなかったことから,工業的なレベルでもこの事が確認できた.恐らく梅酢中では塩分濃度が高く,酸性条件であるためフェノール性化合物は長期間安定に保たれると考えられた.以上,これらの検査項目はUPの品質規格として利用される予定である.
しかし工業的に製造したUPの幾つかのロットでは, p -クマル酸総量に占める cis - p -クマル酸量の割合が高いものが見いだされた.梅干し製造後に生じた梅酢は,個々の梅干し製造業者や農家で保管されているが,その保管方法はバラバラで,屋外や屋内で,半透明もしくは光を通さない容器で保管されており,温度条件も当然異なってくる. cis - p -クマル酸量は trans - p -クマル酸が紫外線の作用を受けることで異性化されるので,ウメ果実でも一定量が生成していると考えられるが,UPの中で極端にその割合が高いロットは,原料梅酢が太陽光に当たる場所で半透明の容器に保管されていたことが追跡調査で明らかになった.この事を再現するため,実験室レベルで梅酢を太陽光に2か月間照射した場合, p -クマル酸総量に占める cis - p -クマル酸量の割合が著しく増加したことから,確認することができた. cis - p -クマル酸量はUPの機能性に影響を及ぼすことが判明してきており(未発表データ),今後工業的にUPを製造する場合,原料梅酢の保管方法などを十分考慮する必要がある.