摘要:以前に,日本更新世人の寛骨の形態について発表(ENDO and BABA,1982)したが,その際は,上記の寛骨と世界各地の諸進化段階の寛骨の形態を比較検討するために,腸骨を部分的に復原構成した寛骨の模型標本にもとついて,各種の観察や計測を行い,計量的多変量統計解析により結論をえた。しかし,推定して復原できる化石寛骨は少なく,また推定には多少の誤差も含まれるため,結果にはある程度の限界があった。今回はあまり標本の完全さを必要としない非計量的諸性質に関する観察を,同じく日本更新世人寛骨について行った。この第1部では観察結果の記載と単純比較について述べ第2部でそれらの結果にもとつくノンパラメトリック統計解析を行う。対象とする標本は港川I(男性)•II(女性)•III(女性),三ヶ日(男性),明石(男性?)である。比較標本には,アウストラロピテクス段階から Sts 14と Sk50,エレクトス段階ら OH 28と Arago,ネアンデルタール段階から Dusseldorf(Neandertal)と Amud およびSkhul IV,更新世サピエンス段階からは Oberkassel Male と Oberkassel Female の石膏模型標本を用いた。また,現代人の比較標本として,東京大学総合研究資料館医学部門および独協医科大学解剖教室の収蔵する標本から,男性21個体,女性21個体の左寛骨を無作為的に選んで用いた。ただしこの場合,老人を除く成人に限定した。非計量的性質の観察は,化石の残存状態からみて,腸骨の前半部に限定せざるをえなかった。観察項目は腸骨前縁の棘間縁の凹みの程度,腸骨垂直扶壁(垂直隆起)の基部の位置,同扶壁の稜形成の程度,寛骨臼上窩の発達の程度,腸骨溝の延長および深さの程度,内面の弓状線付近における腸骨面と坐骨面との屈曲の程度である。ただし,対象標本については他の記載も行った。上記の項目の性質は,観察により,0から3ないし1から3の順次カテゴリーに分類して客観的に記録した。最高のカテゴリーの3については化石人類の寛骨から,最低のカテゴリーの0ないし1については現代人から選んだものを分類基準として設定した。各順次カテゴリーは全標本を見比べながら判定した。この順次カテゴリーを使用した理由は,観察の結果をできるだけ客観的にとらえることにもあるが,第2部に述べるノンパラメトリック統計解析に便利なためである。この第1部における観察•記載の結果から,明石を除く更新世堆積出土の日本の寛骨はみな更新世サピエンス段階にあると考えられるに至った。それらの特徴を列記すると下記の通りである。棘間縁には変異が多いが,どちらかというと,大なり小なり深いものが多い。腸骨垂直扶壁の基部は寛骨臼のおおよそ直上に位置する。同扶壁の稜形成はやや強いか中程度である。寛486 B. ENDO and H. BABA骨臼上窩の発達は強くはないがすべてに存在する。腸骨溝はみな中程度の発達を示す。内側面において,弓状線を挾むにおける腸骨面と坐骨面の屈曲も,みな中程度である。要するに,一般的傾向として,日本更新人寛骨は,ネアンデルタール段階以前の高いカテゴリー値群と,現代日本人の低いカテゴリー値群との中間的でやや低めのカテゴリー値群を持つといえる。このようなカテゴリー値群を持つ現代日本人寛骨は,今回用いた42例中に1例しかない。また逆にネアンデルタール段階以前の寛骨には,このような中間的カテゴリー値群を持つものは全くない。なお,明石寛骨はこれらの項目のカテゴリー値がすべてにわたって低く,男性としても女性としても,完新世人のものとしか考えられない。さらに,それらのカテゴリー値は現代日本人としても低い部類に属し,華奢であることを示している。