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  • 标题:縄文時代人骨の特性に関する一考察
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  • 作者:山口 敏
  • 期刊名称:Anthropological Science
  • 印刷版ISSN:0918-7960
  • 电子版ISSN:1348-8570
  • 出版年度:1982
  • 卷号:90
  • 期号:Supplement
  • 页码:77-90
  • 出版社:The Anthropological Society of Nippon
  • 摘要:津雲貝塚,吉胡貝塚,および南関東諸貝塚出土の縄文時代人骨群と,3地方の現代日本人骨群について,男性頭蓋の計測値22項目(表1)に基づくペンローズ形態距離を求めると,表2のようになり,縄文時代人の地域差は小さく,ほぼ現代日本人のそれと同程度であるが,時代差はそれらに比してかなり大きい。縄文時代人骨に共通する,おもな形態的特徴としては,脳頭蓋の長さと幅が大きく,高さが低い,顔面の幅が大きく高さが著しく低い,それに比例して眼窩,梨状口,下顎骨も幅広く低い,眉間と鼻骨が突隆し,前頭鼻骨縫合が陥凹する,咬合形式が鉗子状である,鎖骨が長く,骨幹が扁平である,上腕骨が比較的短く,骨幹が太く扁平である,前腕骨が著しく長い,尺骨骨幹横断面の形が特異である,大腿骨が強大で,柱状性が強く,頸体角は小さく,捻転が著しい,大腿骨顆間窩が狭い,下腿骨が著しく長く,骨幹が扁平である,腓骨外側面に縦の溝がみられる,中手骨,中足骨,および指の骨が長い,などの点を挙げることができる(表1,3)。これらの特徴には,北海道アイヌの骨学的特徴と一致するものが多い。頭蓋計測8項目について,周囲の諸集団とのマハラノビス距離を求めてみると,表4に示したように,アイヌが最も近く,沖縄地方人がそれに次ぎ,その他の日本列島諸集団がそれに続く。北アジア,東アジアのモンゴロイド諸集団は遠く離れている。歴史時代や先史時代の資料は,それぞれの地域の現代人よりは近い距離を示すが,アイヌ頭蓋の示す親近さには遠く及ばない。華北の新石器時代人骨群は,時代的に縄文人に近いにもかかわらず,形態的には縄文人に全く類似を示さず,むしろ現代日本人に驚くほど近い(図2)。このことは,華北新石器時代人が,本格的な農耕牧畜民として,早くから現代人的な形態を獲得していたのに対して,日本の縄文人は,採集狩猟民として,旧石器時代人的な形態を長く保持し続けた集団であったことを意味しているように思われる。事実,縄文人骨の特徴には,ユーラシア大陸の後期旧石器時代人に共通する特徴とよく一致するものが少なくない。とくに華南の広西出土の柳江人頭蓋は,1例ではあるが,縄文人頭蓋によく似た形態を示す(図2)。日本列島には,鈴木尚が明らかにしたように,はじめ,比較的低身な更新世人類が居住した。完新世に入って大陸から隔離されたあと,縄文時代を通して,旧石器時代的な採集生活と,クロマニオン人的な形態とが,紀元直前まで持続したが,その後,稲作農耕と金属器の文化が導入されるに及んで,生活の様式と住民の身性に急激な変化が生じた。弥生時代から古墳時代にかけて,本州以南の日本人に生じた変化には,採集から農耕への移行にともなう一種の繊細化と,限られた渡来集団の,相対的に優位な人口増加率による遺伝的影響という,二つの要因が作用したものと考えられる。それに対して,縄文時代的な採集狩猟活動が,生計の重要な要素として前世紀まで続けられてきた北海道においては,縄文人の基本的な特性が,本州以南におけるような大きい変化を蒙らずに維持され,それが,小金井良精の明らかにした近世アイヌの形態的特徴の中にまで,色濃く受け継がれた,と考えることができる。
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